【企業概要】
Ather Energy Limited(アザー・エナジー)は2013年にインド工科大学マドラス校出身のTarun Mehta氏とSwapnil Jain氏がバンガロールで創業した電動スクーター専業メーカーです。主力モデル「450」シリーズは高出力モーターと独自OSを搭載し、都市部の“プレミアムEスクーター”市場を切り拓きました。同社はタミル・ナドゥ州ホスールで年45万台規模の工場を運営し、急速充電網「Ather Grid」を全国150都市・2,000基超へ展開。株主にはHero MotoCorp(約34%出資)やTiger Global、新興国ソブリンファンドなどが名を連ね、FY2023–24の売上高は約178.9億ルピー、税引前損失は105.9億ルピーと依然赤字ながら高成長を維持しています。
【上場の概要と狙い】
2025年4月28〜30日に実施されたIPOで、アザーは新株8,180万株と既存株主の一部売出しを合わせ総額約2,626億〜2,981億ルピー(3.52億ドル)を調達、価格帯は1株304〜321ルピーで最終的に上限321ルピーで決定しました。機関投資家の応募倍率は1.3倍、個人投資家は1.7倍と堅調で、上場後の時価総額は約14億ドルを想定しています。調達資金の約262.6億ルピーは新工場建設とR&D、残額はブランド強化に充当予定です。
【インド電動二輪市場の現況】
インドのEV販売は2024暦年に200万台を突破し、前年比24%増で自動車販売全体の8%を占めました。とりわけ二輪EV(E2W)は全体の58%を占め、2025年4月は16.8万台・前年同月比45%増と過去最高を記録しています。直近4月の市場シェアはTVS Motor 22%、Ola Electric 21%、Bajaj Auto 21%、Ather Energy 14%で、レガシーOEMの台頭が顕著です。アザーは価格帯を中位に拡げ販路を100都市超へ拡大したことでシェアを回復しつつあります。
【政策・規制環境】
インド政府はFAME-IIの後継として2024年に「PM E‑DRIVE」スキーム(総額1,090億ルピー)を承認し、二・三輪車1台当たり最大1万〜5万ルピーの補助金を2025年3月まで延長しました。FAME‑III案も協議中で、2025〜27年にkWh当たり1.5万ルピーの補助継続が提案されています。加えて国家電池製造(PLI)や州政府の登録税免除が下支えとなり、二輪EV普及率は2030年までに35〜40%へ達するシナリオが有力視されています。
【投資機会とリスク】
・アザー株:上場後PERは売上比約6〜7倍とスタートアップ銘柄としては控えめだが、FY24時点で営業赤字率60%超、キャッシュバーンも拡大傾向にあり、量産効果と電池コスト低減でFY27黒字転換を達成できるかがカギ。
・拡張市場:上場で資金調達環境が改善すればサプライチェーン企業(電池セル、BMS、モーター、半導体、軽量部材)が恩恵を受ける。上場済みではExide Industries、Amara Raja(電池)、Sona BLW(Eアクスル)、Tata Elxsi(車載ソフト)などが候補。
・海外投資家のルート:日本の個人投資家が直接インド株を買うにはADR・GDRや国内証券のインド株取次を利用する方法があるが、当面はインド・内需テーマETFやファンド経由が現実的。
・リスク:①補助金縮小時の価格転嫁②ライバルの値下げ競争③電池調達コストと原材料高④規制変更・税制優遇の打ち切り⑤円建て投資家にとっての為替変動。
【まとめ】
アザー・エナジーの上場は、成長局面にあるインドEV二輪市場が資本市場で評価され始めた象徴的イベントです。短期的には赤字継続と競争激化が続くものの、政策支援とコスト低減が奏功すれば、2030年に向けた高い普及シナリオが現実味を帯びます。投資家にとってはアザー単体の成長性に加え、電動二輪エコシステム全体に広がる周辺銘柄・部材メーカーへの波及を視野に入れることで、インドEV成長の果実を取り込む選択肢が拡がるでしょう。
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