序章:プレミアリーグ誕生とビジネス革命
プレミアリーグは1992年にイングランド1部リーグのトップクラブが分離独立して誕生しました。その背景には、放映権収入の増加によってクラブ収入を拡大したいという大クラブの思惑がありました 。実際、メディア王ルパート・マードック率いるSky社は発足時から巨額の放映権契約を結び、リーグ発足を強力に後押ししました 。当初は従来のファンから懐疑的に見られたものの、アメリカNFLに倣った「マンデーナイトフットボール」の導入などエンターテインメント性を高める戦略で人気を押し上げ、イングランドサッカーはビジネス面で新たな時代に突入しました 。このように、プレミアリーグ創設はスポーツをビッグビジネスへと転換する革命的な出来事だったのです。
市場規模の急成長:収益総額の推移
発足当初、プレミアリーグの市場規模(クラブ収入の総和)は現在と比べるとごく小さいものでした。1992-93シーズンのプレミアリーグ全クラブ合計収入は約2億ポンド程度に過ぎませんでした 。しかしその後の30年間でリーグの収益は飛躍的に増大し、2021-22シーズンには約55億ポンド(約27倍)にまで拡大しています 。例えば2010年代初頭にはすでに20クラブ合計で20億ポンド超を計上し、2020年代に入る頃には年間50億ポンド規模のリーグへと成長しました 。この推移を示すグラフを描けば、その成長曲線がいかに急激であるかが一目瞭然でしょう。特に2010年代中盤以降は海外市場の開拓による放映権収入の爆発的増加が市場規模拡大を牽引し、プレミアリーグは収益面で他のあらゆるサッカーリーグを凌駕する存在となりました 。
こうした収益拡大の原動力は主に放映権料ですが、スタジアム収入やスポンサー収入など多面的な成長も見逃せません。次章から、放映権、観客動員、商業収入、グローバル展開といった各側面でプレミアリーグの発展を詳しく見ていきます。
放映権料の爆発的拡大:国内外メディア契約
プレミアリーグ躍進の最大の原動力はテレビ放映権収入です。1992年の発足時、Sky(BSkyB)とBBCが契約した最初の放映権契約は5年間で3億0400万ポンドという当時破格のものでした 。これはそれまでイングランドサッカーが得ていたテレビ収入を大きく塗り替える額で、以後リーグと放送局は互いに利益を享受し合う共生関係に入りました 。巨額の放映権料によってクラブは世界トップ級の選手を獲得でき、リーグの魅力が向上することでさらに放映権価値が上がる、という好循環が生まれたのです。
その後も国内テレビ契約は更新の度に高騰を続け、1990年代後半には総額数億ポンド規模、2000年代には10億ポンド超規模へと拡大しました。特にブロードバンドやデジタル放送の普及した2000年代以降、プレミアリーグの国内放映権は複数の放送事業者が争奪戦を繰り広げ価格が吊り上がりました。例えば2007-09シーズンのサイクルではSkyに加えてSetantaも参入し、3年間で約17億ポンドの契約に跳ね上がりました。その後BTスポーツなど新規参入もあり、**2016-19シーズンの国内放映権契約はついに51億ポンド(3年間)**に達しました 。これは1シーズン当たり約17億ポンドにもなり、1992年当時(年間約6000万ポンド)と比べ桁違いの規模です。
一方、近年の国内放映権料は一旦ピークを迎え横ばい傾向も見られます。2019-22および2022-25のサイクルでは前サイクル比でやや減少・停滞し、2022-25は3年間で50億ポンド程度となりました 。ただし2025-29シーズンの次期契約では4年間で67億ポンド(1シーズンあたり約16.7億ポンド)と再び増額が発表されています 。このように国内市場では成長が緩やかになりつつあるものの、その分を補って余りあるのが海外放映権市場の伸びです。
プレミアリーグは創設当初から放映権の国際展開にも積極的でした。最初の海外向け放映権契約は年間わずか800万ポンド(5年契約) に過ぎませんでしたが、その後アジアや北米を中心に需要が拡大し、海外放映権収入は爆発的な伸びを示しました 。2010年代半ばには海外放映権料が年間10億ポンド(約1580百万ユーロ)を超え 、2022-25シーズンには海外放映権収入が初めて国内収入を上回る状況となりました 。このサイクルで海外放映権は総額53億ポンド、国内は51億ポンドと拮抗しています 。地域別に見ると、米国のNBCとの契約は約20億ポンド規模、北欧でもNENTとの大型契約(約20億ポンド)が結ばれるなど 、主要市場で次々と巨額契約が生まれました。中国や東南アジア、インド、中東、アフリカといった新興市場でも契約額が軒並み上昇し、結果としてプレミアリーグは海外放映権だけで年間数十億ポンドを稼ぐ唯一のサッカーリーグとなっています 。例えば中国では2019-22の配信契約に約7億ドル(3年契約)もの金額が提示されるなど 、各国でプレミアリーグを見るための放映権料は高額化しました。
(※放映権収入の推移は表にまとめてもわかりやすいでしょう。初期契約から現在までの国内・海外別の契約額を一覧にすると、どのタイミングで大きなジャンプがあったかが明確に可視化できます。)
このような放映権ビジネスの成功の裏には、プレミアリーグの戦略的な運営があります。放映権をリーグが一括管理して均等に配分する方式を採用し、全クラブの戦力拡充とリーグ全体の競争力維持に努めたことがポイントです。実際、プレミアリーグでは収入配分の格差が小さく抑えられており、創設初年度の1992/93シーズンには最多収入クラブと最少収入クラブの格差比率がわずか2.1対1でした 。2010年代後半でも1.6対1程度と極めて公平であり 、他国リーグに比べ「収入の分配が最も公平なリーグ」であることを誇っています 。この分配戦略は、小規模クラブでも一定の財政基盤を得て競争力を維持できるためリーグ全体の魅力を底上げし、結果的に放映権価値を高める好循環を生みました(実際、他国では近年になってプレミアリーグを見習い放映権の集団販売や配分見直しを進めています)。放映権ビジネスの飛躍はこのような戦略的基盤に支えられていたのです。
観客動員数とスタジアム収益:満員のスタンドがもたらすもの
ピッチ上の戦いを直接見守る観客も、プレミアリーグのビジネス成功に欠かせない要素です。平均観客動員数は1992/93シーズンには1試合あたり約2万1千人でしたが、それから30年で着実に増加し2023/24シーズンには約3万9600人にまで伸びています 。これは約82%の増加率で、スタジアム規模や人気の拡大を反映しています。プレミアリーグ発足直前のイングランドでは、スタジアムの老朽化や安全面の課題から観客動員が低迷していました。しかし1990年代に入るとテイラー報告の勧告でスタジアムの全面的な近代化(全席座席化など)が行われ、安全で快適な観戦環境が整備されました。その結果、ファンが再びスタジアムに足を運ぶようになり、90年代後半から2000年代にかけて観客数は急増しました 。例えば1990年代から2000年代初頭の10年間で平均入場者数は約68%も増加しています 。
現在ではプレミアリーグ全体での年間総入場者数は約1500万人規模にのぼり、スタジアムは常に満員に近い状態です 。こうした動員力はリーグのブランド価値を高める好循環を生みます。スタジアムが熱気ある満員の観客で埋まる光景そのものがテレビ映像を通じて世界中に配信され、「プレミアリーグ=常に盛り上がっている」というイメージを定着させました。これはリーグのマーケティングにおいて非常に重要な要素です。
観客動員の増加はクラブの試合日収入(マッチデイ収入)にも大きく寄与しました。入場料収入に加え、スタジアムでの飲食・グッズ販売など関連売上も増加し、トップクラブでは年間数千万ポンド規模のスタジアム収益を得ています。例えばマンチェスター・ユナイテッドではチケット価格が1990年代初頭の£10台から現在では£40-£50台へと物価以上のペースで値上げされました 。その結果、クラブの入場料収入は大幅に増加しています。ただし、プレミアリーグ全体で見ると放映権収入の伸びが著しいため、総収入に占める試合日収入の割合は低下傾向にあります。実際、1992-93シーズンにはトップクラブの収入の約43%を占めていた観戦収入は、2018-19シーズンには約13%まで比率が低下しました 。これは裏を返せば、放映権やスポンサーなど他収入源が飛躍的に拡大したことを意味します。とはいえ、入場収入自体も絶対額では増え続けており、プレミアリーグ創設以降スタジアム収益は「収益の柱」の一つであり続けています。また近年ではクラブが新スタジアム建設やVIP席の充実に投資し、高級ホスピタリティや法人向けシートを拡販することで観客一人当たりの収益を最大化する戦略もとられています。このように、満員のスタンドはプレミアリーグを支える財政基盤であると同時に、世界中の視聴者への最高の宣伝となっているのです。
商業収入の拡大:スポンサーシップとマーチャンダイジング
放映権と観客収入に加えて、クラブの商業収入(スポンサー契約料やマーチャンダイジング収入等)の飛躍もプレミアリーグの市場規模拡大における重要な側面です。プレミアリーグ以前の時代、クラブのスポンサー収入は現在と比べればごくわずかでした。例えばリーグ創設当初の1992-93シーズン、トップクラブ全体の主要スポンサー収入は約700万ポンド程度だったと言われます 。しかし現在では、単一クラブが年間で数千万ポンド規模のスポンサー契約を複数持つのが当たり前となりました 。2010年代初頭ですでにクラブ合計のスポンサー収入は1億ポンド超に達しており 、そこからさらに増加しています。ユニフォーム胸スポンサー料を見ても、1990年代には年数百万ポンドだったものが、近年ではマンチェスター・ユナイテッドやマンチェスター・シティで年間5000万ポンド前後、中位クラブでも数百万〜1000万ポンド超を得るケースが出ています。加えて、ユニフォームサプライヤーとの契約(金額)も巨額化し、トップクラブではナイキやアディダスから年間数千万ポンドの供給契約料を受け取っています。さらにスタジアムの命名権や公式パートナー契約(ビール、航空会社、金融など多様な業種)など、収益機会は多角化しました。
グッズ販売(マーチャンダイジング)もクラブ収入の重要な柱です。人気クラブは世界中にファン層を抱えており、ユニフォームや関連グッズはグローバルに売れています。例えばイングランド国外にも公式ショップを出店したり現地企業と提携して商品展開するクラブもあります。マンチェスター・ユナイテッドやリバプールなどは年間ユニフォーム販売枚数が100万枚を超えるとも言われ、そこから得られる収益は莫大です。またプレミアリーグ自体もタイトルパートナー(2000年代以降はバークレイズが冠スポンサーでした)や公式ボールサプライヤー、その他公式スポンサー契約によってリーグの運営収入を確保しています。こうした商業面の成功により、プレミアリーグ参加クラブの企業価値(クラブ価値)は大きく上昇しました。2020年代には欧州サッカークラブの収入ランキングでトップ10の過半をプレミア勢が占める年もあり、世界で最もブランド価値の高いクラブ(例:マンチェスター・ユナイテッドのブランド価値は数十億ポンド規模)の多くがプレミアリーグ所属です。
商業収入拡大の裏にも戦略的な取り組みがあります。各クラブはグローバルマーケティング戦略を推進し、SNSを活用したファンエンゲージメントや、アジア・北米への夏季ツアー開催などでブランド浸透を図りました。リーグ全体でも公式戦以外での海外開催を検討する(第39節構想 )など大胆なアイデアも生まれ、結果的に実現はしなかったものの「プレミアリーグは世界中のファンに直接届ける」というビジョンが共有されています。また、外国資本のオーナー受け入れにも比較的寛容であったことから2000年代以降多数の海外投資家がクラブを買収し、それぞれのネットワークを活かして新たなスポンサーを誘致する例も増えました。例えば米国オーナーがNFL流の収益最大化手法を持ち込んだり、中東オーナーが関連企業をスポンサーにつけるなどしてクラブ収入を底上げするケースです。こうした資本面・営業面の努力が結実し、プレミアリーグの商業収入は長年にわたり右肩上がりを続けています。
もっとも、収入が増えた分だけ支出も増えている点には注意が必要です。トッププレイヤー獲得競争や選手給与のインフレにより、クラブは得た収入の多くを人件費や移籍金に再投資しています(いわゆる「プルーンジュース効果」で、入ってきたお金がすぐ選手と代理人に流れてしまうと指摘されたこともあります )。実際、1992年から2022年でプレミアリーグの収入が27倍に増えた一方、選手給与総額は約36倍にも増加したとの分析もあります 。ビジネスとして成功を収める一方、健全経営や収益分配の在り方については今後も議論が続くでしょう。しかし少なくとも**「稼ぐ力」においてプレミアリーグが他を圧倒している**のは間違いありません。商業収入の拡大は、放映権・観客収入と並ぶプレミアリーグ成功の柱となりました。
海外市場への進出:アジア・北米戦略とグローバル展開
プレミアリーグがこれほどまでの収益規模に成長できた最大の要因の一つが、積極的な海外市場開拓です。リーグ戦が始まった当初、イングランド国内だけでなく海外でもプレミアリーグ中継を売り込む戦略が取られました。結果、プレミアリーグは現在では212の国と地域、6億以上の世帯で視聴可能な世界で最も視聴されるスポーツリーグに発展しました 。潜在的なテレビ視聴者は世界で47億人にも及ぶと言われています 。この驚異的なリーチ拡大の歩みを、アジアと北米を中心に振り返ってみましょう。
アジア市場:1990年代から2000年代にかけて、アジアにおける欧州サッカー人気は飛躍的に高まりました。特にプレミアリーグは言語が英語であることや、元々イギリスの植民地だった地域で親和性が高かったこともあり、早い段階から人気を確立しました。衛星放送・ケーブルテレビ網の拡大に乗り、スター・スポーツ(Star Sports)などを通じてインドや東南アジアで中継が開始され、多くの視聴者を獲得しました。2003年にはリーグ主催のプレシーズントーナメント「プレミアリーグ・アジアトロフィー」を開始し、隔年でアジア各都市(クアラルンプール、香港、上海など)にクラブを派遣して公式戦さながらの大会を開催するようになりました。各クラブも夏季に中国、日本、タイ、マレーシアといったアジア各国へのツアーを積極化し、現地のファンと交流するととももにクラブグッズを販売したりスポンサーイベントを開いたりしてブランド浸透を図りました。その成果は明らかで、アジア太平洋地域はプレミアリーグにとって最大の海外視聴市場の一つとなり、2019-22年サイクルでは中国を除くAPAC地域だけで12億ドル超の放映権収入を得るまでになりました 。中国本土向けには一時、電子商取引大手の蘇寧グループ(PPTV)との巨額契約が報じられましたが 、その後配信プラットフォーム変更など紆余曲折もありつつ、中国市場も引き続き重要な収益源となっています。日本でもスカパーやWOWOWといった有料放送、近年ではインターネット配信(DAZNなど)でプレミアリーグ中継が定着し、高い人気を保っています。
北米市場:アメリカ・カナダにおいても、プレミアリーグはサッカー人気拡大とともに着実に地位を向上させました。特に米国では2013年からNBCがプレミアリーグの放映権を獲得し、週末の朝時間帯にライブ中継を全国ネットで流す戦略が功を奏しました。NBCは専門スタジオ番組を設けるなど力を入れ、これによりプレミアリーグは米国の主要スポーツファン層にも認知されるコンテンツとなりました。NBCとの当初契約は3年2.5億ドル程度でしたが、その後視聴者数の伸びに伴い契約額は急騰し、2022年には6年間27億ドル(約20億ポンド)の大型契約へ更新されています。この金額は米国内でのサッカー放映権として史上最高額であり、プレミアリーグの商品価値が北米でも確立されたことを示しています。北米での人気上昇は放映権収入だけでなく、現地企業とのスポンサー契約(米保険会社がクラブスポンサーになる等)や、夏季の米国ツアーによる収益にも繋がっています。
その他の地域:欧州内ではプレミアリーグは既にトップリーグとして確固たる人気がありますが、放映権ビジネス面ではイギリス国外の欧州市場でも高額契約を更新し続けています(例:北欧のNENTとの契約など )。中東・北アフリカではカタールのbeIN Sportsが長年にわたり巨額投資を行い、サブサハラ・アフリカでは南アのスーパースポーツ社が独占放送するなど、各地域でプレミアリーグは最高額コンテンツとなっています。また南米でも欧州サッカー人気は根強く、ブラジルやメキシコなどでもプレミアリーグ中継は増加傾向です。
このようなグローバル展開の結果、プレミアリーグは**「世界で最も視聴者数と収入を得ているサッカーリーグ」との評価を確立しました。先述の通り、2022-25年サイクルでは海外放映権収入が国内を上回るに至っています 。SNSフォロワー数でもプレミアリーグ全クラブ合計で世界中に数億人規模のファンがおり 、試合中継以外にもデジタルコンテンツを通じてファンとの接点を強化しています。ビジネス的視点で見れば、プレミアリーグは英国発のコンテンツでありながら、今や売上の大半を海外から稼ぐエンターテインメント産業**になったと言えるでしょう。その成功の裏には、質の高いサッカーそのものに加えて、リーグ運営陣のマーケティング戦略や各クラブのブランディング努力があったのは前章までに述べた通りです。プレミアリーグはグローバル化時代におけるスポーツビジネス成功の代表例として、各方面から注目されています。
欧州他リーグとの比較:プレミアリーグ独走の要因
欧州にはスペインのラ・リーガ、ドイツのブンデスリーガ、イタリアのセリエA、フランスのリーグ・アンといった主要リーグがありますが、収益規模においてプレミアリーグは頭一つ抜けています。2022/23シーズンのクラブ収入合計を比較すると、プレミアリーグ(イングランド)は約71億ユーロ で断トツの1位です。次いでスペイン(ラ・リーガ)が約52.4億ユーロ、ドイツ(ブンデスリーガ)が約44.5億ユーロ、イタリア(セリエA)が約36.2億ユーロ、フランス(リーグ・アン)が約23.8億ユーロと推計されています 。プレミアリーグは2位のラ・リーガに約1.8倍、イタリアやフランスのリーグとは2倍以上の差をつけており、ヨーロッパの中でも突出した市場規模を誇ります。この傾向は近年ますます鮮明で、2023財政年度にはプレミアリーグの収入が前年から11%増加し他リーグとの差をさらに広げたとの分析もあります 。事実、プレミアリーグの海外放映権収入(年間約15.8億ユーロ)は、ラ・リーガ(約8.97億ユーロ)の約2倍近くに達し、他の欧州主要リーグを合計した額よりも多いほどです 。このように金銭面での優位性から、世界のトップ選手・監督がプレミアリーグに集まりやすくなり、競技面の質も高循環で向上しています。
では、なぜこれほどまでプレミアリーグだけが経済的に成功したのでしょうか。他リーグとの比較からその要因を探ると、いくつかのポイントが浮かび上がります。
• 早期の商業化とメディア戦略:プレミアリーグは1990年代初頭という衛星テレビと有料放送が台頭するタイミングを捉えて発足しました 。一方、他国では全国リーグの伝統を重視し従来型の運営が長く続き、商業化が本格化するのはプレミアより遅れました。例えばスペインでは2015年まで放映権を各クラブ個別に販売しており、強豪2クラブ(レアル・マドリーとバルセロナ)に放映権料収入が偏ってリーグ全体の発展が限定的でした。イタリアも90年代は世界最高峰リーグとして栄えましたが、カルチョスキャンダル(八百長問題)や経営難に陥るクラブの増加など逆風もあり、収益化という点ではプレミアに後れを取りました。プレミアリーグは経営面での大胆な改革とマーケティングを早くから取り入れたため、他リーグをリードする形で世界市場を開拓できたのです。
• 収益分配の公平性と競争力維持:前述の通り、プレミアリーグは放映権料の分配が極めて公平で、中小クラブも一定の財力を持てます 。その結果リーグ全体の戦力差が他国より相対的に小さく、「どの試合も高いレベルで拮抗する」というエンターテインメント性が担保されました。この魅力的なコンテンツが放映権やスポンサーをさらに引き付けるという好循環が働いています。他方スペインやドイツでは特定クラブの長期的な独走が見られ(バイエルンの連覇など)、リーグ戦の商品価値としてはプレミアが有利な点があります。公平な収益分配と競争バランス維持という戦略面でもプレミアリーグは卓越していたと言えます。
• グローバルな魅力と英語圏の強み:プレミアリーグの本拠地が英語圏であることも、国際展開に有利に働きました。英語は世界共通語であり、リーグ名やクラブ名、選手情報がグローバルに伝わりやすい土壌があります。またイングランドのサッカー文化自体が長い歴史と熱狂的な雰囲気で知られ、それを世界中に売り出せるストーリーが豊富でした。結果として海外ファンの心を掴み、特にアジア・アフリカなどでは自国リーグよりプレミアリーグを熱心に追うファン層が生まれました。他リーグもスター選手を武器に海外ファン獲得に努めていますが、プレミアほど全クラブを挙げて体系的にマーケティングした例はなく、ここでもリードしました。
• 外部資本と投資の呼び込み:プレミアリーグはグローバル資本に対してオープンであり、2000年代以降多くの海外富豪がクラブオーナーとして参加しました。チェルシー(ロシア資本)、マンチェスター・シティ(中東資本)、リバプールやマンチェスター・U(米国資本)など枚挙に暇がありません。これらの新オーナーはクラブ強化のために潤沢な資金を投入しチーム力を上げるとともに、経営面でも新手法を導入しました。結果としてプレミアリーグの競技レベルは欧州で突出し、UEFAチャンピオンズリーグでもプレミア勢が安定して上位進出・優勝するようになりました(近年5シーズンのUEFAランキングでプレミアリーグが首位 )。欧州カップでの好成績はさらに放映権やスポンサーを引き付けるため、富が富を呼ぶ構造が強まっています。他リーグでも資本流入は起きていますが、プレミアほど桁違いの投資を引き出せていない場合が多く、この点も収益格差につながっています。
以上のような要因により、プレミアリーグは欧州他リーグに対し収益面で独走状態にあります。その財力は各クラブの選手補強やスタジアム整備、世界市場でのプロモーションに再投資され、他リーグとの差をさらに広げる傾向が続いています。尤も、欧州のサッカービジネス全体も拡大しており、他リーグも放映権の集約や海外戦略で巻き返しを図っています。今後、プレミアリーグがこの優位性を維持できるか、他リーグが新たな戦略で差を縮めるかは注目されるところです。
まとめ:ビジネス戦略が築いたフットボールの成功例
1992年に産声を上げたプレミアリーグは、この30年余りでスポーツビジネスの成功モデルを体現する存在となりました。収益総額の飛躍的拡大(約2億ポンドから55億ポンドへ )、放映権ビジネスの爆発的成功(国内外で桁違いの契約を次々獲得 )、スタジアム動員の増加(平均観客数の大幅アップ )、商業収入の多角化(スポンサー・グッズ売上の巨額化 )、海外市場の開拓(世界中での放送とファン獲得 )──いずれの側面を見ても、プレミアリーグの歩みはスポーツとエンターテインメントが融合したビジネスの成功物語です。
その成功を支えたのは、リーグとクラブによる戦略的な取り組みでした。放映権収入を巧みに分配して競争バランスとリーグ全体の価値向上を両立させたこと 、メディアやスポンサーを惹きつけるためエンターテインメント性を追求したこと 、そして英語圏である強みや歴史的ブランドを活かし世界市場を積極開拓したこと が大きな要因です。加えて、経済的に潤ったことで優秀な人材(選手・指導者)が集まり、リーグの質が上がる好循環が定着しました。
ビジネス層の視点から見ると、プレミアリーグの歩みは「戦略的投資と収益モデルの革新により伝統産業をグローバル展開させた」ケースとも言えます。地元密着のフットボール文化に根差しつつも、収益拡大のために大胆な改革と世界戦略を取り入れた点は、多くの産業に通じる示唆を与えるでしょう。もちろん、急成長の裏で選手年俸の高騰や一部クラブの赤字といった課題も存在しますが、それでもなおプレミアリーグは収益面で他を圧倒し続けています。今後もデジタル配信の台頭や新興市場の開拓などチャンスと課題が混在しますが、プレミアリーグは培ったブランド力と経営ノウハウを武器にスポーツビジネスの最前線を走り続けると予想されます。
表やグラフを用いることで、こうしたプレミアリーグの発展の道のりをさらにわかりやすく伝えることができます。例えば収益推移や放映権料の増加、観客数の推移、欧州他リーグとの比較などはグラフ化すると一目で理解しやすく、ビジネス戦略の成果を視覚的に示せるでしょう。プレミアリーグの30年にわたる軌跡は、まさにスポーツと経営戦略が融合した成功例として、今後も語り継がれていくに違いありません。
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