2025年3月最終週のニューヨーク株式市場は、米国の関税政策や経済指標に振り回された一週間でした。ダウ平均は週初に大幅上昇したものの、週後半にかけて失速し、週間では約1%の下落となりました 。特にハイテク・半導体セクターの値動きが大きく、投資家心理の変化やセクター間の資金移動が鮮明でした。本記事では日別のダウ平均の値動きと主な出来事を振り返り、マクロ経済指標やFRB動向の影響、主要IT・半導体株の動向、投資家心理やセクター間ローテーション、そして今後の見通しについて経験者向けに深掘りします。
3月24日(月) – 関税懸念後退でハイテク急伸
週明けの24日、NYダウ平均は前週末から大きく反発し、終値で前営業日比約597ドル高の42,583ドルとなりました 。背景には、トランプ政権が4月2日に発動を計画している「相互関税」の内容が一部地域を除外した焦点を絞ったものになるとの報道があり、想定されていたような広範な関税措置への警戒感が和らいだことがあります 。この貿易摩擦緩和への期待感から寄り付き後に買いが優勢となり、加えて発表された3月サービス業PMIが予想外に改善し景気悪化懸念が後退したことも追い風となりました 。ハイテク株中心に買い戻しが続き、市場全体が堅調に推移しました。
半導体やITなどグロース株がこの日は相場を牽引しました。セクター別では自動車・自動車部品や半導体製造装置など景気敏感株が上昇し、不動産開発など一部セクターのみが小幅安にとどまりました 。個別では半導体大手AMDが急伸。同社のチップが中国アリババ傘下のアント・グループのAI開発に主要利用されているとの報道を受け、将来的な需要期待から買われました 。また決済大手ビザ(V)も、ChatGPTの開発者であるオープンAI共同創業者のアルトマン氏が手掛ける新プロジェクト「Worldcoin(ワールドネットワーク)」でステーブルコイン決済に関して協議中との報道を受け上昇しています 。テスラ(TSLA)も関税緩和観測に加え、最近相次いだ同社への脅迫行為に対しFBIが捜査を開始したことが明らかになり、安心感から買われました 。こうした好材料が重なり、ナスダック総合指数も404ポイント(約2.3%)高と大幅続伸して引けました 。
3月25日(火) – 指標悪化で伸び悩むも小幅高維持
25日火曜のNY市場は、ダウ平均が前日比+4ドル高とわずかながら3日続伸し42,587ドルで終了しました 。この日も序盤は前日の流れを引き継ぎ、トランプ大統領が「相互関税」に柔軟姿勢を示唆したとの報道を好感した買いが継続しました 。しかし途中発表された3月消費者信頼感指数(コンファレンス・ボード)が予想以上に悪化し、個人消費の減速懸念から一時ダウはマイナス圏に沈みます 。それでも長期金利の低下が支えとなり、引けにかけてなんとかプラス圏を回復しました 。景気後退への警戒感が意識され始めたものの、この時点では関税への過度な不安後退という追い風もあって下値は堅く、投資家心理は総じて中立を保ちました。
セクター別では、不動産管理・開発や自動車関連が買われた一方で、医薬品・バイオテクノロジーが利益確定売りに押されました 。ハイテク株もまちまちでしたが、ナスダックは+0.46%と小幅に続伸しています。個別では、中古車販売のカーバナ(CVNA)がアナリストによる投資判断引き上げで急騰し、配車サービスのリフト(LYFT)もエンジン・キャピタルによる保有比率引き上げ報道(経営戦略の見直し要求を目的としたもの)を受け大幅高となりました 。またアルファベット(GOOG)は、自動運転子会社ウェイモが翌年からワシントンD.C.での配車サービス開始計画を発表し上昇しています 。一方で住宅建設のKBホーム(KBH)は決算で慎重な通期見通しを示したことが嫌気され、続落しました 。引け後にはゲーム小売大手ゲームストップ(GME)が第4四半期決算を発表し、調整後1株利益の予想上振れに加えてビットコイン購入を準備資産として取締役会が承認したことが明らかになりました 。これを受け同社株は時間外で急伸しており、投機的な動きも健在です。
3月26日(水) – 半導体株安で反落、関税・利上げ警戒
水曜日の米株式市場は一転して反落し、ダウ平均は132ドル安の42,454ドルと4営業日ぶりに下落しました 。朝方は関税交渉の行方が不透明な中でまちまちの動きでしたが、トランプ大統領がこの日中にも自動車関税に関する発表を行う意向と伝わると市場心理が一気に悪化し、売りが加速しました 。とりわけ影響を受けたのが半導体セクターです。中国政府が国内企業に対し、新設・拡張するデータセンターではエネルギー効率要件を満たす半導体のみ使用するよう勧告したとの報道が伝わり、エヌビディア(NVDA)は同社製品が要件を満たしていないことで将来的な売上減少が懸念され大きく売られました 。実際、エヌビディアの中国向け主力GPU「H20」がこの新基準を満たさない可能性があり、同社株はこの日5%超急落しています 。半導体株安に引っ張られる形でナスダックは終日軟調となり、372ポイント安(約2.0%安)の17,899ポイントまで急落しました 。
他のマクロ要因も相場の逆風となりました。セントルイス連銀のムサレム総裁(2025年FOMC投票権あり)は「関税の影響が一時的か不透明で、二次的影響が生じた場合はより長期間にわたり金利を据え置く可能性がある」とインフレ高止まりリスクに言及し、追加利上げ余地を示唆しました 。このタカ派発言や耐久財受注の予想上振れもあり長期金利が上昇、ハイテク株には一段と逆風となりました。セクター別では家庭用品が上昇した一方、自動車・自動車部品と半導体・製造装置が明確に売られています 。個別銘柄では、ディスカウント小売のダラー・ツリー(DLTR)が傘下のファミリーダラー売却を発表したことで上昇し、給与アウトソーシングのペイチェックス(PAYX)も好決算(予想超のEPS)で買われました 。一方、ファイザー(PFE)はワクチン発表時期を2020年大統領選後に意図的に遅らせた疑惑に対する捜査報道が嫌気され下落しています 。リスクオフ色が強まったこの日、投資家の視線は一気に安全志向へ傾き、前日まで強かった半導体・ITセクターには大きな売り圧力がかかりました。
3月27日(木) – 自動車関税の波紋とハイテク安定策の綱引き
27日木曜も市場は不安定な動きを見せ、ダウ平均は155ドル安の42,299ドルと小幅続落しました 。前日発表された自動車関税への警戒売りが続き寄り付き後は下落しましたが、その後発表の週次新規失業保険申請件数が予想外の減少、さらに10-12月期GDP確定値が上方修正されるなど指標が堅調で、一時は株価指数が上昇に転じる場面もありました 。しかし関税を巡る不透明感が依然くすぶっていたうえ、インフレ高止まりへの思惑から米10年債利回りが一時4.4%まで急伸すると(2月下旬以来の水準 )、再びハイテク株に売りが広がり、終盤にかけて相場はマイナス圏に沈みました 。セクター動向を見ると、この日は通信サービスや生活用品が買われる一方で、前日に続き半導体関連が下落しており、投資家が引き続き金利上昇に弱いグロース株へのリスクを意識していることが伺えます 。
個別株では、前日に続き関税絡みの明暗がくっきり現れました。レンタカーのエイビス(CAR)は「関税で車両価格が上昇すればレンタル需要増加」との思惑から買われ、電気自動車のテスラ(TSLA)とリビアン(RIVN)も「主要生産が米国内のため関税ダメージ限定的」との見方から上昇しました 。一方、ゼネラル・モーターズ(GM)とフォード(F)は北米以外で生産する車種を抱えるため関税影響が懸念され、それぞれ売られました 。ハイテク関連では、この日も半導体株に売りが波及し、AMD(AMD)がアナリストの投資判断引き下げを受けて値を下げています 。また前日下落したアプリ開発プラットフォームのアップラビン(APP)は著名空売り投資家マディ・ウォーターズによるショートポジション開示が伝わり続落しました 。一方でペット用品のペトコ(WOOF)は不採算店舗閉鎖が奏功し第1四半期業績が予想を上回ったことで急騰しています 。このように個別材料への反応はあるものの、市場全体としては好調な経済指標と貿易政策リスクという綱引きの中で方向感を欠き、結果的に主要指数は小幅安で引けました。
3月28日(金) – インフレ警戒の急落、IT・半導体セクターに大打撃
週末28日金曜、NY市場は大荒れの展開となり、ダウ平均は715ドル安の41,583ドルまで急落しました 。前日夜に発表されたトランプ政権の関税方針(翌週の相互関税発動予定)への警戒感が拭えない中、朝方に公表された経済指標が追い打ちをかけます。2月のコアPCE価格指数(個人消費支出物価指数)は前年比+2.5%と予想を上回る加速を示し、インフレ圧力の高まりが意識されました 。さらにミシガン大学の3月消費者マインド調査では、景況感指数が2年ぶり低水準に落ち込む一方、消費者の5年先期待インフレ率は4.1%と1993年以来の高水準に跳ね上がったことが判明し、スタグフレーション懸念が一気に強まりました 。これらを受け寄り付き直後から売りが膨らみ、主要株価指数は下げ幅を拡大。終日軟調に推移した末、引けにかけて急速に下げが加速する展開となりました 。ダウ平均はこの日だけで1.7%安、ナスダック総合指数は481ポイント安(2.7%安)の17,322ポイントと、ハイテク株中心に大きく値を崩しています 。
特にIT・半導体などグロースセクターへの打撃が顕著でした。朝方から大手テック企業には売りが殺到し、アップルが-2.7%、マイクロソフトが-3.0%、アマゾン・ドット・コムは-4.3%の急落となりました 。ハイテク主力株の下落率はダウ平均を上回り、市場全体の調整局面を主導しました。個別の材料もネガティブなものが目立きます。ソフト大手オラクル(ORCL)は米国防総省が人事管理で同社ソフトの使用計画を撤回したとの報道で売られ、Facebook親会社メタ・プラットフォームズ(META)もEU当局から巨額制裁金が科される可能性が報じられ下落しました 。また決済のペイパル(PYPL)は欧州連合が米関税への報復措置として同社サービスに追加手数料を課す可能性を示唆し売り込まれています 。半導体関連も総崩れで、この日のSOX指数(フィラデルフィア半導体指数)は大幅安となった模様です(個別銘柄の下落率は後述のとおり)。一方、前日に売り込まれたアップラビン(APP)は空売り調査のため法律事務所に依頼したことや複数アナリストが投資判断を据え置いたことが伝わり、買い戻しが入り反発しました 。消費関連ではヨガウェアのルルレモン(LULU)が発表済みの決算で示した通期見通しが市場予想を下回ったことを嫌気され、14%安と暴落しています 。唯一の明るい材料はディフェンシブ資産で、この日は公益事業セクターが指数で上昇し、金価格の上昇を受けて金鉱株(ハーモニー・ゴールドなど)がそれぞれ9.5%、4.5%高と買われました 。このように投資家のリスク回避姿勢が一気に強まったことから、恐怖指数(VIX)も約3ポイント急上昇し1週間ぶりの高水準となっています 。
投資家心理の変遷とセクター間の資金移動
この週の投資家心理は、週初の楽観から週末の警戒・悲観へと大きく振れ動きました。週前半(24~25日)は米政権の関税方針が柔軟姿勢に転じるとの期待からリスク選好が強まり、半導体やハイテクなどリスク資産に資金が流入しました 。実際、24日には半導体指数が上昇し、ナスダックも大幅高となるなど投資家は先行きへの安心感からグロース株を積極的に買い進めています 。しかし週の中盤以降になると、状況は一変しました。関税問題が再び不透明感を増し(自動車への最大25%関税発動観測など )、さらにインフレ指標の悪化でリスク回避ムードが急速に高まりました。特に26~28日にかけては、金利上昇とインフレ懸念からハイテク・半導体株に売りが集中し、代わって公益事業や金鉱株、防衛関連などディフェンシブ性の高いセクターや安全資産に資金がシフトしています 。例えば週末には米国債や金価格が買われ、株式市場では公益株が唯一の上昇セクターとなりました 。
またセクター間の資金ローテーションも顕著でした。貿易摩擦リスクに直面した自動車セクターでは、関税メリットを享受しやすい国内EVメーカー(例:テスラ)に資金が集まり、逆に海外生産比率の高い旧来型自動車メーカー(例:GM、フォード)は売り込まれる動きが見られました 。半導体セクターも、週初はAI需要期待でAMDやエヌビディアが買われましたが 、中国市場リスクが浮上すると一転して売りに転じています 。一方、生活必需品や公益など不況耐性のあるセクターには後半資金流入が見られ、典型的なリスクオフの資金移動が起きたといえます。週間騰落率でもハイテク色の強いナスダック総合指数が-2.6%と、ダウ平均の-1%前後に比べ下落が大きく、投資家がハイバリュエーションのIT・半導体株から資金を引き揚げた様子がうかがえます 。このような急激な心理変化の背景には、FRBの金融政策見通しも影を落としています。年内利下げ期待が後退しつつある中で、関税インフレが現実化すれば「今は嵐の前の静けさであり、数ヶ月以内にインフレは再加速する可能性が高い」という市場関係者の指摘も出ています 。投資家は将来のインフレ・利上げリスクを織り込み始め、防御的姿勢を強めたと言えるでしょう。
今後の見通しと注目ポイント
先行きについては、まず米国の通商政策から目が離せません。直近では4月2日に予定される「相互関税」の詳細発表、そして4月3日に予告された自動車関税(最大25%)の発動有無がマーケットの重大な分岐点となります 。仮に関税措置が市場予想より穏当なものに留まれば、週末にかけて冷え込んだ投資家心理が再び改善し、IT・半導体株を中心にリバウンドが期待できます。一方で予想外に厳しい関税が発動された場合、インフレ圧力の一段の高まりや企業業績への悪影響が懸念され、株式市場の調整が長引くリスクもあります。特に中国ビジネス比率の高いハイテク企業(例:エヌビディアの中国売上は全体の約19% )にとって、米中双方の規制強化は二重の逆風となり得ます。
次にインフレと金融政策も重要な注目点です。2月のコアPCEが予想を上回り、消費者長期インフレ期待も高止まりしたことで、FRBが想定する物価鈍化シナリオに不確実性が生じ始めました。FRB高官の中には「関税による物価上昇の二次波及がみられれば、利下げどころかより長く高金利を維持する可能性もある」と示唆する声もあります 。今後発表される3月雇用統計やCPI(消費者物価指数)、企業の価格動向に市場は敏感に反応するでしょう。インフレ指標が再び上振れするようなら、ハイテク株のバリュエーション調整圧力が続く可能性があります。
主要IT・半導体企業の業績動向も忘れてはなりません。4月中旬以降には2025年1-3月期の決算シーズンが本格化し、マイクロソフトやアップル、インテルなどのハイテク大手が最新の業績と見通しを発表します。足元では半導体需要に陰りが見られるものの、生成AIやクラウドへの構造的需要は強く、企業側が中国リスクや関税影響をどう織り込んだガイダンスを示すかがポイントです。特にエヌビディアやAMDといった半導体企業が米中規制やデータセンター需要について言及すれば、関連株のセンチメントを左右するでしょう。またアップルやテスラなど中国市場依存度の高い企業のコメントにも注意が必要です。
最後に投資家心理とテクニカル指標にも目配りが必要です。VIX指数が再び高水準に達したこと や、主要指数が50日移動平均線近辺まで下落したことで、短期的な売られすぎ感も出始めています。経験豊富な投資家は、過度な悲観が広がった局面での押し目買いチャンスと、悪材料出尽くしによるリバウンドのタイミングを計ろうとするでしょう。一方で、関税措置の具体化によっては企業業績見通しの下方修正が相次ぐ可能性もあり、楽観は禁物です。まさに「嵐の前の静けさ」が破られるのか、それとも杞憂に終わるのか、今後数週間の展開に市場の注目が集まっています。
Sources:
• 株探ニュース 24~28日の米国市場ダイジェスト 等
• ロイター通信 市場記事 など (関税動向、経済指標、個別株の値動き)
• Investopedia (中国のエネルギー規制によるNVIDIAへの影響)
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