#602 米国DEI(多様性)政策の逆風:企業と投資家はどう動くか

 

序論

 

 

 

米国では2025年の大統領選を控え、DEI(多様性、公平性、包摂性)政策がかつてない逆風にさらされています。トランプ前大統領が再度政権を握る可能性を背景に、連邦政府が行ったDEI関連の政策撤回や法改正への動きが企業にも波及し、経営戦略としての多様性推進が根本から再検討されつつあります。この状況の中で、ウォルト・ディズニースターバックスをはじめとする大手企業は、自社のDEI施策をどのように見直し、投資家はどのように反応しているのかを解説します。

 

 

 

背景:政策と法的環境の変化

 

 

 

2025年1月以降、トランプ前大統領は就任後100日において、1965年の平等雇用機会大統領令の撤回や連邦機関内のDEIオフィス廃止など、一連の大統領令を発出しました。これにより、公的機関と契約を結ぶ民間企業は、特定の属性を重視した採用・昇進施策を停止するよう圧力を受けています。また、2023年の最高裁による大学入学における人種を基にしたアファーマティブ・アクション無効判決も、DEIをめぐる法的リスクを高めています。保守派州の司法長官が連邦政府及び民間企業への調査を示唆し、さらには連邦契約を持つ企業を監視リストに載せる動きもあり、不確実性が増しています。これらの政策変更は、企業のDEI戦略に直接的な見直しを迫る契機となっています。

 

 

 

企業の対応例:ウォルト・ディズニー

 

 

 

ウォルト・ディズニー社は、DEI施策を「ビジネス目標との整合性」を重視する方向へ再設計しました。具体的には、従来の「多様性と包摂性」を評価指標とする仕組みから、収益や視聴者エンゲージメントといった事業成果に結びつける形へとシフトしています。社内メモでは、「DEI施策が法的・社会的リスクをはらむ中、事業成果に直結しない活動は見直す」と明示されています。Reutersによると、この変更により競合他社と足並みを揃えつつも、法的リスク回避とブランドイメージ維持の両立を図る狙いがあると報じられています。

 

 

 

企業の対応例:スターバックス

 

 

 

スターバックスは、州政府からの訴訟や株主提案を受け、DEI施策の透明性と合法性の再点検を余儀なくされています。2025年2月、ミズーリ州司法長官が「人種や性別を基にした採用・昇進の優遇措置は連邦法に抵触する」として連邦地方裁判所に提訴、同社の役員報酬に紐付けられていたDEI目標の見直しを求めました。これに対しスターバックスは「多様性は経営の基盤であり、法令順守を前提とした形で継続する」とコメントし、訴訟を争う姿勢を示しています。また、一部投資家が役員報酬からDEI要件を除外する提案を採択し、株主間でも賛否が分かれる状況です。

 

 

 

投資家の動向

 

 

 

投資家サイドでは、DEI施策をめぐる法的・政治的リスクを警戒する動きが顕著です。保守系アクティビストファンドは「DEIは逆差別を招き、企業価値を毀損する」と主張し、Azoria Meritocracy ETFのようにDEI重視企業を投資対象外とするETFを立ち上げています。また、大手年金基金機関投資家の中にも、ESG方針の再検討を求める声が増え、過去にDEI指標を重視していたファンドでも、今後の法的紛争コストを見越し、DEI評価基準を縮小・改訂する動きがあります。こうした投資家の慎重姿勢は、企業のDEI戦略にさらなる再設計を迫るプレッシャーとなっています。

 

 

 

今後の展望と提言

 

 

 

政治情勢の不透明感が高まる中、企業はDEIを短期的なイメージ戦略ではなく、長期的な組織力強化の一環として再構築する必要があります。具体的には、

 

「属性」ではなく「スキルと成果」に基づく評価システムの導入
法的リスクの低い形での研修プログラムの設計
透明性の高い情報開示とコミュニケーション戦略
などが求められます。投資家もまた、ESG評価の中でDEIを一律に扱うのではなく、企業ごとの法令適合性やリスク管理能力を重視する分析手法へと進化させるべきでしょう。こうした取り組みは、単なる「多様性維持」ではなく、企業の持続的成長を支える強固な経営基盤となります。 

 

 

 

 

 

今後も米国DEI政策をめぐる動向は、企業のガバナンスと投資判断に大きな影響を与え続けるでしょう。企業・投資家ともに法的リスクと社会的責任のバランスを取りつつ、真に効果的な包摂戦略を模索していくことが重要です。

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