◆選挙結果の概要
4月28日に行われた連邦下院総選挙で、マーク・カーニー率いる与党リベラル党が162~167議席を獲得し第1党を維持しました。過半数ライン170議席に届かず、少数与党となる可能性が高いものの、保守党(145議席前後)に対して明確なリードを確保しています。投票率は期日前を含め史上最高水準に達し、トランプ米大統領の強硬発言が有権者を動員した形です。
◆マーク・カーニーとは
カーニー氏(60歳)は、カナダ銀行・イングランド銀行というG7の中央銀行を2行渡り歩いた稀有な経歴を持ち、2008年の金融危機とBrexitで市場安定化を担った実績から「危機対応のプロ」と評価されています。3月に自由党党首へ就任するまで公職経験はなく、今回が初の国政選挙指揮でした。
◆「反トランプ」が最大争点になった背景
選挙戦の後半、トランプ大統領はカナダ製自動車への追加関税や「51番目の州」発言で圧力を強めました。主権と雇用を守るというメッセージがカーニー陣営の追い風となり、保守党優勢と見られていた情勢を一気に覆したと分析されます。カーニー氏は演説で「分断と怒りの時代を終わらせる」と訴え、有権者の危機意識を取り込みました。
◆有権者の動きと地域差
東部オンタリオやブリティッシュコロンビアでは製造業・林産業の対米依存度が高く、関税リスクへの警戒感がリベラル支持へ直結しました。一方、石油州アルバータでは保守党が引き続き強固な地盤を維持しており、「反トランプ」で国民が完全に一枚岩になったわけではない点にも留意が必要です。
◆政策プラットフォームのポイント
・トルドー政権期の炭素税を撤廃し、排出取引制度へ段階的移行
・対米関税への報復措置を法定化し、メキシコ・EUとの貿易枠拡大を加速
・住宅価格抑制へ国営住宅公社を再編し、供給を年25万戸に倍増
・歳出抑制の一方で、防衛費をGDP比2%へ――米国の圧力に先回り対応
これらは市場安定と主権防衛のバランスを取る「実務派」らしい設計です。
◆金融・マーケットへの即時インパクト
選挙結果が判明した29日朝、カナダドルは対米ドルで0.3%高と堅調。少数与党見通しで上げ幅は限定的でしたが、「金融危機対応の経験を持つ首相」への安心感が根底にあります。TSX総合指数は選挙当日に0.4%高で引け、エネルギー・金融が上昇を牽引しました。
◆日本と投資家への示唆
1 対米摩擦長期化を見据え、資源・防衛関連のカナダ企業には中期的な追い風
2 カーニー政権の環境政策シフトで、既存炭素税ビジネス(排出枠ブローカーなど)は再編リスク
3 為替はCADが安全通貨としての色彩を強めつつも、少数与党ゆえ政策停滞が出ればボラティリティ拡大の余地
4 日系企業にとっては北米サプライチェーン再構築の追加コストが発生する可能性があり、投資判断は関税シナリオを複線で準備すべき
◆今後のスケジュール
5月下旬 下院召集、施政方針演説
6月末まで 予算案提出(連立・閣外協力交渉の帰趨が焦点)
9月 米国とのFTA再交渉本格化
◆まとめ
今回の総選挙は「対トランプ防波堤」を掲げたリベラル党が政権を守り抜いた一方、過半数割れによりカーニー氏には連立構築という難題が待ち受けます。中央銀行流のデータドリブンなアプローチが、ナショナリズムが再燃する北米経済にどこまで通用するか。対米関税交渉の第一ラウンドが、この新政権の真価を早くも試す舞台となりそうです。
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