#593 日本郵船:海運ブーム後の成長戦略 ――“Sail Green, Drive Transformations 2026”の全貌――

1.はじめに

パンデミック下の特需でコンテナ運賃が急騰した2021~22年度、日本郵船(NYK)は持分法適用会社ONE(Ocean Network Express)の利益寄与を追い風に、過去最高益を記録しました。現在は市況が平常化する一方、中東紅海危機など地政学リスクが再び運賃を押し上げる場面もあり、同社は「脱・市況依存」へ舵を切っています。2023年度からの中期経営計画“Sail Green, Drive Transformations 2026”はその司令塔です。

 

2.足元業績

2024年度第3四半期(累計)売上高1兆9,769億円(前年同期比+1,877億円)、純利益3,954億円(同+2,419億円)。紅海回避による航路長期化でコンテナ運賃が再上昇し、Liner Tradeが大幅増益でした。また2024年5月~25年4月にかけて最大1,300億円の自己株買い(うち1,250億円を取得済み)を実施し、資本効率の引き上げを図っています。

 

3.成長戦略3本柱

3‑1.グリーンシフト(GX)

アンモニア燃料:世界初の商用アンモニア燃料タグ“Sakigake”が東京湾で実証航行を完了し、GHGを最大95%削減。

・燃料サプライチェーン:ヤラ・クリーンアンモニアと世界初のアンモニア燃料MGCを2026年に就航予定。

・再エネ海上輸送:秋田県で洋上風力向け船舶管理会社を設立し、Service Operation Vessel(SOV)やCrew Transfer Vessel(CTV)を地元で運航。地域創生とセットで需要を掴みます。

 

3‑2.ポートフォリオの安定化(BX)

LNG/オフショア:長期契約主体のLNG船、シャトルタンカー、SOVを拡大し、景気変動の小さい“ストック型”収益を厚くする。

・モビリティ物流:EV完成車・電池輸送の専用船や陸上ロジスティクスを強化、完成車キャリアの慢性的不足を収益源に。

・事業再編:NCA(全日本空輸向け貨物航空会社)株式譲渡を2025年3月に完了予定。海運と相乗効果の低い業態を切り離し、投下資本をGXへ振り向けます。

 

3‑3.デジタルトランスフォーメーション(DX)

統合ブランド「HULL NUMBER ZERO」で自律運航・船隊最適化AIを展開し、燃費と待機時間を削減。こうした取り組みが評価され、METI東証の「DX銘柄」に3年連続で選定されました。

 

4.投資・財務政策

中計期間の設備投資は合計9,000億円規模。その6割を低・脱炭素船とインフラに配分し、残りをデジタルおよび安定収益事業へ。ROE目標は10%超、株主還元方針は「総還元性向~30%+機動的な自己株取得」を継続します。

 

5.リスクと課題

・新燃料コスト:アンモニアは現行燃料比で2~4倍高価。量産フェーズ(2030年前後)までのコスト吸収が課題。

・安全規制:毒性やインフラ未整備による事故リスクが残存。国際ルール形成に先手を打てるか。

・市況ボラティリティ:紅海情勢次第で運賃は上下に振れる。短期的な利益変動をどう平準化するかが投資家の注目点です。

 

6.投資視点

① 海運市況は引き続き不透明だが、NYKは安定収益比率を25年度に50%(現状約35%)へ高める計画。市況悪化局面でも配当・自社株買いの余力を維持できる財務体質が魅力。

② GX関連案件(アンモニア・洋上風力・液化CO₂輸送)が実用化フェーズに入る2026~30年にかけ、バリュエーション拡大余地。

③ 一方で新燃料技術の実証遅延や規制強化は下振れリスク。カーボンプライシングの水準にも注視が必要。

 

7.まとめ

“海運ブームの余熱”で得た潤沢なキャッシュを、NYKはGX・DX・ポートフォリオ転換という3つの成長エンジンに大胆に再配分しています。2026年時点での安定収益化と2050年ネットゼロの両立が実現すれば、同社は「市況敏感な海運会社」から「グリーン&ロジスティクス・ソリューション企業」へ変貌する――その転換点がいま、投資判断の焦点と言えそうです。

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