【はじめに】
原油精製最大手のENEOSホールディングス(以下ENEOS)は、2050年カーボンニュートラルを掲げる日本政府の方針の下で、収益源の再構築と次世代エネルギーへの本格投資を急いでいる。本稿では、再生可能エネルギー・水素・合成燃料・EVインフラの各分野で進む事業転換の現状と、財務・株主還元への示唆を整理する。
【1 企業概要】
・東京証券取引所プライム上場(5020)
・連結売上高は原油価格次第で変動するが、国内小売シェアはガソリンで約5割。
・近年は非石油分野の粗利益比率を25年度に30%台へ高める目標を設定。
【2 脱炭素戦略の全体像】
ENEOSは①再エネ発電の拡大、②水素・合成燃料への投資、③CCS/CCUSの事業化、④EV関連サービス強化、⑤既存石油・金属資産のポートフォリオ最適化という五つの柱で移行を進める。指標面では25年度までに温室効果ガス排出を18年度比で46%削減、総再エネ発電容量200万kWを掲げる。
【3 再生可能エネルギー事業の進捗】
・統合子会社ENEOSリニューアブル・エナジー(ERE)が国内外127万kW(建設中含む)を運営し、太陽光・陸上風力だけでなく洋上風力にも参入。
・24年9月、ノルウェー沖浮体式洋上風力案件「GoliatVind」の20%権益を取得し、海外で技術・ノウハウを獲得中。
・蓄電池や需要家向けオンサイトPPAをセットにしたビジネスモデルを国内電力会社と共同展開。
【4 水素・合成燃料への挑戦】
(1)水素
グリーン水素の大規模製造に向け、豪州での電解槽実証とMCH(メチルシクロヘキサン)サプライチェーンを展開。経産省GI基金枠組みで25年度以降の大型水素発電を視野に置く。
(2)e‐Fuel(合成燃料)
24年9月に日本初の一貫型合成燃料デモプラントを完成。生成した燃料は25年4月開幕の大阪・関西万博で大型車両の走行実証に使用される予定。
25年4月にはトヨタ、スズキ、マツダなど5社と共同で万博会場内輸送を行うと発表し、内燃機関のカーボンニュートラル化をアピールする。
【5 電動化とEV充電ネットワーク】
ENEOSは全国のサービスステーション約1.2万カ所をEVインフラの拠点候補と位置付け、ENEOS Charge Plusを核に急速・普通充電器の設置を加速。25年2月からはENECHANGEの6kW普通充電器約3,000基にローミング接続し、支払いはENEOSアプリやEneKeyで統合された。
・金属事業子会社JX Advanced Metals(JXAM)を25年3月に上場し、4,600億円超を調達。ENEOSの持株比率は42.4%へ低下し、得た資金を再エネ・次世代燃料に振り向ける計画。
・原油価格下落で在庫評価損が膨らみ、24年度営業利益見通しは250億円へ下方修正。ただし在庫影響を除いた実力ベースは4,400億円と前回比2,000億円増。
・製油所の稼働安定化で設備トラブル率(UCL)を22年度の9%から25年度3%へ低減し、数百億円規模の収益改善を狙う。
【7 リスクと課題】
・脱炭素投資は中長期で回収を要し、原油・為替ボラティリティがキャッシュフローを左右する。
・水素・e‐Fuelの商用コストは依然高く、需要喚起策と規制整備が不可欠。
・CCS/CCUSは実証段階で、法制度や長期保管責任の枠組みが未整備。
・国内製油所の老朽化と需要減退を受け、追加の設備最適化(閉鎖・再編)リスクが残る。
【8 今後の見通し】
2025~2030年は①再エネ容量200万kW達成、②水素サプライチェーン商用化、③e‐Fuel年産10万kl規模のプラント構想、④CCS案件の最終投資判断が重畳的に進むフェーズとなる。政府のGX債や税制優遇を梃子に資金調達コストを抑えられれば、ROE10%台の維持も視野に入る。原油サイクル下押し局面でも、非石油のキャッシュ創出力がどこまで補えるかが投資家評価の分水嶺だ。
【まとめ】
ENEOSの脱炭素移行は、再エネ×水素×合成燃料×EVサービスの多軸で着実に進捗を見せる一方、巨額投資と化石事業収益の揺らぎという二面リスクを抱える。上場したJXAM株の売却益と石油キャッシュフローのバランスで、どこまで成長投資を加速しつつ株主還元を維持できるかが、26年度以降の株価ドライバーとなろう。
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