◆1 政策概要
2025年春、トランプ前大統領は通商拡大法(Section 232)を根拠に、①乗用車と主要部品への25%関税(4月2日発動)、②自動車部品の追加分(5月3日までに順次適用)、③鉄鋼・アルミ製品の25%関税(3月12日発動)を相次いで発表しました。輸入車45%、輸入鉄鋼22%という米市場の構造を狙い撃ちし、「国内回帰」を強制する内容です。
◆2 追加関税のポイント
・全世界対象。FTA域内(USMCA etc.)でも免除条項は限定的
・部品にも網を拡大し、車両完成後の混在輸送でも課税
・アルミ・鉄鋼は個別除外制度を原則撤廃し、審査のハードルを引き上げ
この結果、完成車メーカーは「どこで最終組立を行うか」だけでなく、サプライチェーン全体の原産地規則まで再設計を迫られています。
◆3 日本の自動車メーカー――生産比率で分かれる「明」と「暗」
【トヨタ】
2024年時点で、米国販売台数の53.6%を国内(ケンタッキー、テキサスなど)で生産する一方、46.4%はメキシコや日本からの輸入に依存。関税コストは年▲1,200億円規模と試算され、市場シェア15%の防衛が課題です。
【ホンダ】
既に70%を米国内4工場で生産。さらに90%地産地消を目標とし、メキシコ・カナダのラインをオハイオへ移管する計画を発表しました。関税負担は限定的で、逆に設備投資の加速が想定されます。
【日産】
現在ほぼ50%が米国製ですが、ニューヨーク国際オートショーで「2027年までに80%へ引き上げる」と宣言。テネシー工場の年産能力を60万台へ倍増させ、ミシシッピ工場も増強します。
【マツダ】
米アラバマ共同工場製比率は約20%。大半を日本・メキシコから輸入するため、追加関税の直撃を受ける見通し。4月時点で月間1億ドルのコスト吸収をディーラーに通達し、他コスト削減で凌ぐとしています。
【その他(スバル・スズキなど)】
インディアナ工場を持つスバルは「半数程度」が米国製。関税影響は中間的ですが、部品課税強化で利益率縮小が避けられません。輸出依存が高いスズキは北米撤退済みで直接影響は限定的です。
◆4 鉄鋼セクター――関税「防御壁」と対米投資リスク
①25%関税で日本製鋼材は価格競争力を失い、建設・自動車向けコイルの輸出は急減。
②Nippon SteelはU.S. Steel買収案を「投資出資」に再設計する可能性を示唆。CFIUS審査が継続し、交渉は長期戦へ。
③国内高炉各社(JFE、神戸製鋼)は米向け高級鋼の輸出を縮小。一方でトランプ政権は再エネ部材にも課税を拡大したため、米国内の鋼材需要は堅調で現地合弁やM&Aが再加速する可能性があります。
◆5 企業の対応シナリオ
①ローカル化加速
・既存工場のライン移設/複線化
・米国サプライヤーとのJV比率を拡大
②価格転嫁・製品ミックス変更
・高付加価値EV・HVへシフトし関税比率を抑制
・オプション装備の価格調整で実質値上げ
③為替・部材ヘッジ強化
・円安局面でも関税負担が打ち消されやすい収支構造を構築
④ロビー活動
・部品除外申請や「輸入調整オフセット」(関税控除枠)の活用でコスト最適化を図る。
◆6 投資家視点での「勝ち筋・負け筋」
【相対優位】
ホンダ・日産:高い現地化率と追加投資計画でシェア維持余地。課税の影響は限定的。
【中立】
トヨタ:輸入比率が高いが、販売網とキャッシュ創出力が強く、ミッドサイズSUVの米国生産移管で下期以降に改善見込み。
【逆風】
マツダ・スバル:関税コストを吸収しきれず、価格競争力低下。販売台数・利益率ともにマージナルで推移する懸念。
鉄鋼株は「国内残存者利益」を享受しやすい一方、対米投資の法規制リスクが上値を抑制。短期はJFE・神戸製鋼の市況メリット、長期はNippon Steelの交渉結果がカタリストとなります。
◆7 まとめ
トランプ関税は「米国に近い場所で作り、米国内で素材を調達せよ」という明確なメッセージです。日本企業にとっては、①米国ローカル生産・調達の深掘り、②原価構造の抜本的見直し、③政治リスク管理の高度化――この三点が生き残りの鍵となります。投資家は企業ごとの生産体制・政策対応力を見極め、関税の一過性に惑わされないシナリオ分析が求められます。
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(執筆時点:2025年5月6日 東京)
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