#537 動物外交:パンダとコアラの先へ――象・馬・犬・牛・オランウータンまで

はじめに

希少動物を「友好の大使」として貸与・贈呈する手法は古代から続くが、20世紀後半以降は国家ブランドと環境アピールを兼ねるソフトパワー戦略として定着した。近年は中国のパンダや豪州のコアラだけでなく、多様な動物が外交の主役に登場している。ここでは代表的な十例を体系的に整理し、その狙いと課題を読み解く。

 

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1 象 ―「白象」は王権と福徳の象徴

タイは王室行事と絡めた「白象外交」を展開してきた。1960年、プミポン国王が日本へ雌雄2頭を贈った事例は、仏教的吉祥を共有するアジア同盟の証しとして語り継がれる。

 

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2 馬 ―騎馬文化圏の格式ある贈答

・フランスの「馬外交」

 2018年、マクロン大統領は共和国親衛隊の軍馬「Vésuve de Brekka」を習近平国家主席に贈呈。中国側のパンダ貸与に対抗する “エクワイン・パワー” 演出だった。

 

・モンゴルの「客人に馬を」慣行

 2011年バイデン米副大統領は馬、19年にはトランプ大統領の息子バロンへの馬の進呈が話題となり、米蒙関係強化を象徴した。

 

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3 犬 ―日本の秋田犬「ゆめ」と日露関係

2012年、東日本大震災支援への謝意として秋田県プーチン大統領へ贈った雌犬「ゆめ」は、首脳会談前のメディア対応にも登場し、領土交渉ムードづくりに貢献した。

 

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4 牛 ―インドの「ガウ(聖牛)外交」

2018年、モディ首相がルワンダの貧困解消策「Girinka」に合わせ母牛200頭を寄贈。農村支援とヒンドゥー文化を同時に訴求する南南協力型ソフトパワーの好例と評価された。

 

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5 オランウータン ―マレーシアの環境イメージ反転作戦

2024年、パーム油主要輸入国にオランウータンを貸与する計画を発表。批判の強い熱帯林伐採問題を「保全連携」で巻き返す狙いだが、NGOからは「まず国内森林を守れ」と反発も大きい。

 

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6 ハヤブサ ―湾岸諸国の威信と伝統

アラブ首長国連邦はファルコンを文化遺産として各国要人に贈呈。2010年の独内相への進呈など「砂漠の王者」を通じた親密度の誇示が続く。

 

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7 カモノハシ ―第二次大戦期の豪英同盟

1940年代、オーストラリアは英軍慰問を兼ねて生体カモノハシを輸送。「希少種を送れる科学力」を示したが、保護意識の高まりで現在は停止されている。

 

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8 キリン ―19世紀の「長頸外交」

1826年、エジプト総督ムハンマド・アリーがフランス国王シャルル10世へ雌キリンを献上。パリに到着した「ザラーファ」は社交界を熱狂させ、エジプトへの関心と通商拡大を後押しした。

 

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9 ミツバチ ―スロベニアの「ビーディプロマシー

2017年、スロベニア主導で国連が5月20日を「World Bee Day」に制定。ニューヨークの国連本部やバチカンへ伝統式巣箱を寄贈し、持続可能な農業への国際協調を訴える新形態の環境外交となった。

 

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10 象・馬・犬・牛・猿…多様化する動物外交の傾向

① 目的の細分化:

 象徴的友好から、環境保全資金・貿易インセンティブ・観光誘致まで目的がバリエーション化。

② 期間・権利の違い:

 パンダ型=長期貸与・繁殖権共有、コアラ型=短期イベント型、馬や犬=贈呈型など手法が使い分けられる。

③ 世論リスク:

 動物福祉・維持費・生息地破壊への批判が強まり、計画が中止・修正されるケースも増加(例:マレーシアの方針見直し)。

地政学の鏡:

 冷え込む二国間で返還が相次ぐ一方、雪解けの兆しで再貸与が決まる現象はパンダ外交と同様に他種でも確認できる。

 

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まとめ

パンダとコアラの成功を追う形で、21世紀は「マルチスピーシーズ外交」の時代に入った。貴重な野生動物を巡る取引は、友好ムードを演出する一方で倫理・コスト・生息地破壊の問題を露呈しやすい。各国が真に評価されるのは、贈呈式の笑顔ではなく、契約終了後に動物と生態系がどう扱われたか――その「アフターケア」である。

 

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以上、動物たちがつなぐ国際関係の最前線を概観した。読者の皆さんも動物園やニュースで見かける可愛い大使の背後に、経済・環境・地政学が絡む複雑なストーリーを感じ取ってほしい。

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